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『沖の島に行ってきたよ!』の巻

 文三です。石鯛に会うために、沖の島まで行ってきました。

 30日、午後9時30分に松前磯釣りクラブのメンバーの一人が向かえにきてくれました。

 餌の瀬戸貝は、先週の日曜日にクラブのメンバー4人で、松山空港周辺のテトラポットに入り込み、ガリガリと削り落とし確保、近くの港に吊っていたので港に行き車に積み込み、さあ出動!!

 車内での会話

 『ムロバエに餌入っとるかな~?』『この時期やけん、はいっとるで!』『明日の天気は、晴れ時々曇り、最高気温18度、降水確率10パーセント、波の高さ1.5mやったで!』『波が気になるけど、最高の天気やな~!暑いかもしれんな~』などなど・・・会話が弾む弾む!

 途中で、もうひとつの餌の『うに』を拾い、またまた会話が弾む。

 片島の港には31日の午前2時頃に到着、車内で途中のコンビニで買っておいた500ccのビールをゴクリ、ゴクリ。うまい!!

 ゆっくり2本飲んだところで、瀬戸貝の殻をナイフで取り中身だけを取る作業にはいります。終わった頃には出船する時間前です。

 5時に出船、45分かけて沖の島に到着。渡船の宿には前日からの泊まり客が・・・その人たちに磯の指名優先権があり、A級のムロバエは取られました。が、同様のオオバエという磯に上がれ期待大です。が、波の高さが2mほどあり、磯にあたりすごい音を出しています。

 石鯛の家のドアの呼び鈴を鳴らすつもりで、ドキドキしながら二人で仲良く竿を出し、しばらく海の底を探ってみます。が、何度鳴らしても出てきてくれません。

 そうこうしていると、雨雲が近づきポツポツと雨が降り始めました。

 =晴れ時々くもりやなかったんか?吐く息が白いけど、気温18度で暑かったんじゃなかったんか?波の高さは1.5mじゃなかったんか?石鯛は釣れているんじゃなかったんか?=

 防寒服でしばらくしのげてましたが、段々と雨が入ってきて・・・寒い・・・。

 

 8時間一生懸命竿を出してましたが、結局、離磯の午後2時30分まで、石鯛の“あたり”は1回もなく磯を離れました。

 港に着いて、直ぐに車の中で全部着替えて・・・渡船代8,000円を支払う時のむなしさ・・・

 船頭・・・『今日は平日やから、客もあまりいなかったね~。平日でも昨日は釣れたんやけどね。残念やったね!』

 **そうか!!忘れとった!今日は平日やった!!石鯛のお父さんは会社に、お母さんはエステに、子供たちは学校に行っとんか!昨日、ほかの家の石鯛のお父さんは会社が休みやったんじゃ!!やっぱり何回呼び鈴を鳴らしてもおらんはずよ!**

 自分で自分を納得させるのは、いつものことで、直ぐに納得してしまいました!!

 帰りの車中『今度どこ行く!』『どこでもええけど、武者泊がええんじゃないんかな~』『やっぱり、沖ノ島で再度挑戦してみる?』・・・頭の中は次の釣行のことでいっぱいでした。

 ボーズ(まったく釣れない事)覚悟の底者師。次は釣れるやろ・・・楽観的な底者師。

 まあ、事故もなく帰ってこれたのが一番だと思いたいです。

 帰ってから、旧友の父親の位牌に線香をあげにいきました。

 そんな年になったんだな~とつくづく思い、しばらく旧友と話し込んでました。

 大切な道具を1時間かけ洗いながら、『体力的に過酷な石鯛釣りをいつまで続けられるのだろうか?』などと考えてましたが、『まあ、やめるまでよ!!』・・・楽観的な底者師。

 今年中学生になる姪が肱川町からひとりで遊びにきてたので、焼酎呑みながら色々なことを話してたら、いつの間にか寝てました。

 今朝起きたら、体のいたるところが痛くて痛くて・・・

 皆さん、趣味もほどほどに。みんな、どんな趣味があるんやろか?よければ教えてください。まってます。

 『沖の島に行ってきたよ!』の巻でした。長文になったみたいですが、すみません!

 本人は、やっぱり誤字、脱字は気にしていません。また・・・

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コメント

みなさん、久しぶり。
文三さん、釣りから帰ってきて、夜の10時過ぎにもかかわらず、
焼香に来てくれてありがとう。
ブログの中の、文三さんの線香をあげに行った旧友の家とは、
僕の父親の家でした。
母は入院をしていて、お骨になって帰ってきた父親を、
母親のいない家に一人にするわけにはいかないので、僕が泊まっていました。
私事で恐縮ですが、3月27日父が逝去し、3月31日に葬儀をあげたところでした。
葬儀には、同級生の周君、せいじ坊、〇ちゃん、勝典君の奥さんにきていただき、ありがとうございました。他にもヒロミ君のお母さんや、モトメさんのお母さんもきてくれていました。
また、お通夜には早々に、クーさん、トミーさんに弔電をいただき、
ありがとうございました。

新聞のお悔やみ欄を見ただけで、こんなに友達が動いてくれて、
すごく感謝の気持ちで一杯です。
あらためて、みんなと出会えてよかったと思っています。
ご縁を持たせていただけることに、心より幸せを感じています。
父親のなくなった寂しさと同じ位、いいえ、それ以上に、寂しさをかき消してしまうほどのうれしさで、涙があふれました。
お蔭様でまた、私の人生において、忘れられないすばらしい体験を
させていただくことができました。

やはり人生には、人の絆や温情がその人の人生をより深いものに
色づけしてくれるんだな。と改めて思い知らされました。
この場をお借りして、皆さんに、深く御礼申し上げます。
ありがとうございました。

松前っこ34の皆さん、人生の折り返し地点はとうに過ぎましたが、これからも残りの人生、宜しくお願い致します。
そしてまた、私にできることが何かありましたら、気軽に声をかけて下さい。できることは非常に少ないとは思いますが。何か力になれればなと思っています。
ともにそれぞれの人生を、より有意義なものにしたいなと考えております。
それでは親愛なるみなさん、おやすみなさい。


投稿: tsuyoshi | 2009年4月 4日 (土) 01時27分

本日も、登場して申し訳ありません。
今日、20年振り位に恩師を訪ねてきました。先日の父の葬儀にご本人の代理で奥様に来て頂いていたので。そのお礼と、長い間の不義理を解消に町田先生のお家にお邪魔しました。また、私事で恐縮ですが、6年生の時には特に縁が深く、クラスの担任でもあり、走り高跳びや、ソフトボールを教えていただいたり、宗意原地区の顧問でもあり、分団リレーで優勝したときに、チームを祝ってくれたり、また、私の家内が子供を生む前に、伊予小学校に勤務していた時、偶然その学校の教頭先生だったりして、本当にお世話になっておりました。
7年ほど前に、脳梗塞を4度も患い、心臓も手術をされていると聞いていましたが、なかなか足を運ぶ事ができないでいました。きっかけは、この度の父親の葬儀に起因し、どうしてもお元気なうちにお会いしておかなくてはと思い、本日の午後、家内とお邪魔してきました。表からベルを鳴らしてもまったく返事がなく、たまたま、ドアが開いていたので、声を出して呼んでみましたが、なかなか誰も現れてくれませんでした。留守かなと思い、帰ろうとしたとき、ごそごそっと奥の方から音がして、歩行機に寄りかかり、足を引きずりながら、町田先生が出てきてくれました。
足が言う事をきかず、自分でできることは唯一ごはんを食べることだけと言われていましたが、言葉もかなりはっきりとお話することができていらっしゃいました。

訪問した事を、すごく喜んでくれ、去年の同窓会の事をすごくうれしそうに話していました。送られてきた昨年夏のDVDは今でも時々見ては、みんなのことを思い出しているそうです。DVDが送られてきた時は、「本当に生きていてよかった。つまらなかった自分の人生に光を見た」と生きる望みがつながったことを、しきりにおっしゃってくれていました。
「みんなに会いたい」とおっしゃっていました。
「でも体が不自由だから行けないんよ」と残念そうにも言ってらっしゃいました。そこで、「じゃあ先生今度の同窓会、僕が迎えに来ようか。つれて来てつれて帰ったげるから行こうや」と言うと、「あきらめとったのに、本当かい、本当にかまんのかい、よっしゃ、それじゃわしもそれまで頑張るけん、たのまい」と言ってくれました。次回の同窓会に参加していただくことを、約束してきました。しかしそこで、「それじゃ3年後にね」とはなかなか言い出せませんでした。体の不自由さと戦っている先生には、3年ってあまりにも長すぎるような気がして。先生のことを考えると、不憫でなりませんでした。できれば早く実現させてあげたいなと思います。
前幹事の皆さん、また新幹事の皆さん、よかったら同窓会の開催日の、変更の御検討をお願いいたします。

本日の出来事より。


投稿: tsuyoshi | 2009年4月 5日 (日) 01時12分

tsuyoshi君、お父様を亡くされた様で・・・ご愁傷様です。順番とは言っても、やはり、肉親との別れほど寂しいものは無いと思います。私も15年以上前に父を亡くしています。色々な理由で毛嫌いしていた父でしたが、やはり、大泣きした事を、ふと思い出してしまいました。
町田先生に、お会いになられたとか・・・。同窓会で、お会い出来なかったので、是非、お会いしたいと思っています。もし、どなたか計画していただけたら・・・とても嬉しいのですが・・・

投稿: kyoko | 2009年4月 5日 (日) 22時37分

kyoukoさん、ありがとうございます。
僕も、本当の事を言うと、父親をあまり好きでなく、むしろ反面教師として、あなたと同じように嫌ってたんです。しかし、葬儀の前の納棺の時、手足や頭に白い布をあてて結び、旅支度をしますよね。紐が解けないようにかた結びでお願いしますと言われ、堅く結び切った時、父親の手や足に触れられるのもこれが最後かと思った瞬間、あふれでる涙を止めることができなくなっていました。父親の嫌いだったところは一瞬にして吹き飛ばされ、逆に感謝の念や、いとおしさで心の中が一杯になってくるのがわかりました。こんな短い時間に、こんなに沢山、父親に感謝した事は生まれて初めてでした。やはりそのあたりが、親子なんでしょうか。

町田先生のことですが、同じ気持ちの賛同者が現れました。今日その方からメールを頂きました。
その方も町田先生のことが気がかりで、会いたかったそうです。他にも大勢いるようです。「全体的な同窓会が無理だったら、有志だけでも集まる。もしくは、6年の時のクラスだけでも集まる。協力するよ」と言ってくれる人がでてきました。その方と相談して進めてみようかとも思っています。実現に向けて、少し期待をしていて下さい。


投稿: to kyoko | 2009年4月 7日 (火) 00時20分

 文三さん、お帰りなさい。  あの日の我が家の献立は “石鯛” と 決めて、包丁を研いで待ってたのにbleah。  ボーズとは・・・、 bearing   残念。  次回こそは、よろしく お願いします よ。

 つ〇し君、この度のお父様のご逝去には心よりお悔やみ申し上げます。  ここのところ、つ〇し君からのコメントが頂けなくて、淋しく 思っていました。 つ〇し君に何かあったのでは ?!  と 心配して
いました。 ところ、お父様ご逝去の報を知り・・・(ごめんなさい)
ちょっと安心しました。  だけど、その後頂いたコメを読ませてもらって、 肉親を失くす淋しさが分かり、私まで心が痛くなりました。 親孝行は、 出来るときに ちゃんと しておかなきゃ! と思っています。
(気づかせてくれて、ありがとう)
 それから、町田先生のお宅にもご訪問されたとか ・・・。 
ありがとう!!!   私たち(旧 幹事)も幹事会の時には、「みんなで、町田先生と高瀬先生のお宅にはおじゃましたいな」って話していたんです。でも、昨夏の会の後はみんな忙しくて、訪問はおろか連絡も取れない状態になってしまって。 だから、あのDVDも、みんなに相談もしないまま送ったものだから。登美ちゃんと二人、(勝手なことしちゃった)と反省していました。 だけど、お礼のお手紙を頂けたり、また今回 先生のご様子をお聞きして、安堵しました。 本当に ありがとうございました。
 『先生を囲んでのクラス会』 も、実現に向けて始動されたみたいで、良かったです。 残念なことに、私はクラスが違うので参加は叶いませんが、( 会が盛大に開催されますよう ) お祈りしています。

投稿: クー | 2009年4月 8日 (水) 09時28分

tsuyosiくん
このたびのお父様のご逝去お悔やみ申し上げます。こんなに近くにいながらお悔やみが遅くなってしまったこと本当に申し訳なく思います。私は、もう22年前に父をそして、10年前に母を突然に亡くしました。看護師になってたくさんの患者さんの看取りをさせて頂き命あるもの必ず最期が来ることは分かっていたし、理解してました。
でも、肉親の最期は分かっていても言葉では表現できない悲しさが、また自身で看取ることの出来なかった無力さが数年、自責の念となっていました。母を亡くし喪明けに勤務に出たとき、患者さんとの何気ない会話から
「親はいいよね。でもどんなにお金を出しても親は買えんのよね。」
なんて言われ、患者さんの枕元でぽろぽろ涙したことが思い出されます。(どんな時も患者さんの前では泣くな。と教育されていましたが・・・)
 失くして気づくことがたくさんあります。ありすぎます・・・
 両親に出来なかったこと・・・今患者さんやご家族に寄り添った看護を心がけています。
 町田先生の件、大賛成です。お手伝いできることがあれば是非言って下さい。訪問したときのご様子ではあまり外にも出ておいででないのでしょうか?暖かくなったことですし遠足にでも出掛けましょうか?
本当に微力ですが、お役に立つことがあれば言ってくださいね。

投稿: chiyomi | 2009年4月 8日 (水) 20時45分

chiyomiさん、どうもありがとう。
なんかみんなを湿っぽくさせてしまって、申し訳ありません。
あなたの体験から湧いて出た、その優しさは、これからも多くの人を慰め、癒すんでしょうね。すばらしい看護士さんになられたんですね。ありがとうございます。

町田先生のこと、これから練ってみます。お手伝いしていただくことになるかもしれません。その時は、宜しくお願い致します。

この度は、沢山の同級生の方に、いろいろお気遣い頂いて、
非常にありがたく感じております。
しかし、このブログをじめじめと、湿ったものにしてしまいまして、
非常に申し訳ないと大変、責任を感じております。
もう、完全に平常に戻っていますので、御心配ないように。
これからは、明るく、楽しく、美しくをモットーに
現れるんで、よろしく!(明るく、楽しく・・・どっかできいたフレーズ,
あっ、あれは明るく、まじめに、たくましくだったか)

土君、か〇う君、せいくん、ブログジャックしてごめんね。
土君の弟さんには、昔、髪を切ってもらったことがありますよ。
腕もよく、感じのいいナイスガイでした。
か〇う君、超いそがしそうですね。昔からマニアックな趣味の持ち主でユニークな存在でしたね。お互い体をいたわり長生きしょうやね。
せいくん、僕もうどんフリークで「恐るべきさぬきうどん」の本が出版された頃、毎週週末はうどんのはしごをしに香川に通っていました。その頃は、「一日一善」ならぬ「一日一麺」「一年365麺」を達成した時期でもありました。
100件位は制覇したので、今度会った時には、うどん談議に花が咲きそうですな~。

それじゃ今回も長くなりそうなので、今日はこのくらいにしといたろ。まだ、話したいことは一杯あるんやけど次回にね。(今日頭に浮かんだ我々の老後の理想郷のことなど)

んじゃ、バイチャ!

投稿: tsuyoshi | 2009年4月 9日 (木) 00時49分

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